旦那が大物プロデューサーだけじゃない!上沼恵美子が恐れられる過去の華麗なる武勇伝まとめ

スポンサーリンク

 

お笑いコンビ、とろサーモン・久保田かずのぶさん(39)とスーパーマラドーナ・武智さん(40)が4日、自身のツイッターで2日夜に行われた若手漫才師日本一決定戦「M-1グランプリ2018」で審査員を務めた上沼恵美子さん(63)に対し暴言を吐いたとして謝罪しましたね。

 

詳しい記事はこちらから読めます↓

上沼恵美子が批判されたことよりも若い頃がアイドル並みの超絶美人でやばいwww【画像あり】

 

また、この騒動が原因で「M-1グランプリ」の審査員を長年務めてきた上沼恵美子さんが2018年12月3日、審査員を引退すると、ラジオのレギュラー番組で発言されました。

 

上沼さんは07年から、過去6回審査員を担当。 もちろん騒動となった原因の前日2日にも、「M-1グランプリ2018」を審査していました。

no title

いっそのこと上沼さんのレギュラー番組で「陰口は陰でせえッ!」ってくらいの鬼の形相で笑い飛ばしてほしいですね。

 

個々の感じ方ですので何が正しいとかはありませんが、彼らの暴言は人前に立つお仕事をされている以上、軽率な言葉だったのかなと思います。

 

ところで、これほどまでに大炎上していますが、そもそも上沼さんが大物っといってもピンとこない方も多いのではないでしょうか?

 

上沼さんは大阪のくだけたおばちゃんキャラと言う感じのかたですよね。常に腰は低く、誰もが絡みやすいようにふるまっている印象が強いです。

 

しかし、上沼さんにはものすごい華麗なる武勇伝があるんですね!今回はその武勇伝をご紹介します。

 

「上沼恵美子」の画像検索結果

 

上沼さんは、1955年4月13日生まれ、兵庫県三原郡福良町(現・南あわじ市福良乙)のご出身です。ちなみに、上沼恵美子は本名で、旧姓は橋本です。

 

上沼さんは、お父さんが演芸好きだったため、幼い頃から演芸や歌を見たり聞いたりしながら育ち、10歳の頃から、お父さんの勧めで、のど自慢大会に出場すると、「のど自慢荒らし」と呼ばれるほど歌が上手で、毎回、天童よしみさんが優勝、上沼さんが準優勝だったとか。

 

しかし、中学生になると今度は、お姉さんの芦川百々子さんとともに芸人になるよう命じられ、
二人そろって海原小浜さんの元に弟子入りすることに。

当時の上沼さんは

OLのつもりでやっていたんです。
結婚相手が見つかったらさっさと引退するつもり・・・

と、こんな気持ちでしていたそうです。

 

しかし、先にデビューが決まったお姉さんがコンビを組む予定だった相方に、デビュー直前で突然蒸発してしまい、急遽、妹である上沼さんが相方となってコンビを組むことに。

スポンサーリンク

 

中学卒業後の1971年には、姉妹漫才コンビ「海原千里・万里」の妹、海原千里としてデビューすると、いきなり「上方お笑い大賞」で銀賞を受賞、

「海原千里・万里」の画像検索結果

1973年には、「NHK漫才コンテスト」で、最優秀賞を受賞されるなど、上沼さんはその巧みな話術で、一躍、漫才界のスターにかけのぼりました。

「海原千里・万里」
左がお姉さん右が海原千里こと上沼さんです。

 

1975年、20歳の時には、「大阪ラプソディー」でレコードデビューも果たすと、北島三郎さんに歌手転向を勧められるほどの歌唱力で、40万枚を売り上げる大ヒットを記録。

まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだったのでした。

 

そんな中、出演したテレビ番組「日曜ドキドキパンチ」で、8歳年上の関西テレビディレクター、上沼真平さんと出会うと、たちまち恋に落ちてしまい、1977年5月に結婚。

関連画像

新婚旅行から帰国すると、かねてからの希望どおり、芸能界を引退してしまいました。

実は、もともとは、お姉さんの結婚が先に決まっていてお姉さんだけが芸能界を引退する予定だったのですが、上沼さんの方が一足先に結婚し引退。その後、お姉さんも、翌月の6月に結婚されています。

 

こうして、1977年5月に結婚した上沼さんは、翌年の1978年4月には男の子を出産。

しかし、早くも専業主婦の生活が耐えられなくなり、同年7月には、本名の「上沼恵美子」で芸能界に復帰すると、以降、歯に衣着せぬ本音トークで人気を博し、「西の女帝」と言われるほど、関西では誰もが知る人気タレントに。

 

そして、1994年、1995年には、2年連続で「NHK紅白歌合戦」の紅組司会者を務められるなど、東京にも進出か、と思われたのですが芸能界に復帰するとき、ご主人の真平さんと、

(仕事をする範囲として)西は姫路、東は京都まで

と、約束されていたそうで、本格的な東京進出は諦めたそうです。

 

確かに関東民は偉大さと言われるとイマイチピンと来ないかもしれませんが、こんなすごい経歴の持ち主だったんですね。

 

実際にあの島田紳助さんもこんな風に言っています。

 

ものすごい人物だと言う事が伝わりますよね。これからもどんどん活躍していってほしいです!

 

スポンサーリンク
関連コンテンツ