熊本地震から4年…事故の関連死女児の家族の思いとは?

スポンサーリンク

14日、震度7を二回も観測した異例の熊本地震から、早3年が経ちました。

 

現在も熊本県では復興が進められている地区も多く、被災者の心も癒えきれていません。

 

熊本地震では、3年前の14日の後にも16日に強い地震があり、こちらが本震だと考えられています。

 

そんな中で、今回は震災の関連死として認定された4歳の女児の家族の思いや、これから私たちが学んでいかなくてはならない教訓についてまとめていきたいと思います。

4歳の幼い命が失われてしまった経緯とは?

女の子は、震災時に心臓に重い病を抱えており熊本市民病院に入院をしていました。

 

熊本市民病院は熊本市東区にあり、震災の対象地域でした。

 

熊本市民病院では、2016年4月16日の地震で、建物自体が大きく損傷をしてしまい、入院者たちの多くは転院を余儀なくされました。

 

特に、なくなってしまった女児のように症状が重く入院している患者の場合、緊急時に素早く逃げることができないことからも、転院が急がれたわけですが…

 

救急車で転院先の病院に運ばれている最中、女児の容体は悪化。

 

転院先の病院で処置を受けたものの、5日後に亡くなってしまいました。

スポンサーリンク

 

この件については、心臓に重い病を抱える少女に地震という大きな衝撃を与えた上に、今まで入院して慣れていた病院からの急な転院、移動などの精神的肉体的なストレスも、死亡につながったものとみられています。

 

これらの理由から、少女の脂肪は熊本地震の災害関連死として認められることとなりました。

私たちが学ぶべき教訓は?

少女の母、さくらさんは追悼式に出席した際、娘のピンクのセーターを胸に抱えていました。

 

そして、以下のようにコメントをあげました。

 

“花梨のことが無かったことにならないでほしい”

 

同じ状況でなくなってしまう子供が1人でも減ってほしい。

 

災害によって人生が変わってしまう人がいるということを、多くの人に知ってほしい。

 

さくらさんにはそのような思いがあったのでしょう。

 

涙を流しながらコメントをあげたさくらさんの話を聞いた周囲からも、すすり泣く声が聞こえてきました。

まとめ

以上が、熊本地震の災害関連死として認定された4歳の女児・花梨ちゃんの災害時の状況や、追悼式での母・さくらさんのコメントについてでした。

 

さくらさんの言う通り、残された私たちは花梨ちゃんの死を決して無駄にすることなく、同じことを繰り返さないような何かしらの教訓を得て生きていかなくてはなりませんね。

スポンサーリンク
関連コンテンツ