上原浩治電撃引退の感動の理由は!?

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日米通算で史上初の100勝100セーブ100ホールドの“トリプル100”の称号を得た元レッドソックス、そして現在は巨人に復帰している上原浩治投手が引退を発表しました。

 

大谷翔平投手や菊池雄星投手など有望な若手たちが海を渡る中、世界的にも流されている日本のレジェンドたちが引退を表明する理由となどのようなものなのでしょうか?

 

今回は、先日引退を表明したイチロー選手に続いて球界を去ることを決断した上原浩治投手の電撃引退についての真相に迫っていきます。

上原浩治の生い立ちと成績は?

1975年生まれ4月3日生まれ大阪府出身。

 

東海大仰星高校から一浪したのち、大体大に進学をしました。

 

現在は高卒ですぐにプロ入りというのがスタンダードな形となっていますが、上原浩治投手の時代には大学からプロ入りへのドラフトがかかることも多かったようですね。

 

実際に彼も、1998年に巨人からドラフト1位で指名をされて入団をしています。

 

そして一年目には最多勝や新人王、ベストナインなどあらゆる賞を総なめにして、沢村賞なども獲得しています。

 

そして2008年にFAでオリオールズに移籍をし、その後はレッドソックスに入りました。

 

レッドソックス時代にも活躍の幅は広がり、上原浩治の名前はメジャーリーグでも知らない人はいないほどとなったのです。

 

メジャーでは4球団を渡り歩き、2018年に日本に帰ってきました。

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もちろん帰る場所は巨人。

 

帰ってきたからは“トリプル100”を達成し、最後の登板の時点で彼の年齢は43歳5ヶ月。

 

巨人の中では最年長出場の記録を破ったのです。

 

ワールドベースボールクラシックや北京五輪などにも主要選手として選ばれていた上原浩治投手の引退には野球界からも世間からも大きな反響が寄せられました。

上原浩治が引退した理由は?

上原浩治投手は、兼ねてから膝の怪我などもあり休養期間もある選手でしたが、投手にしては珍しくはありません。

 

まだまだ投げられる球界のレジェンドが、一体なぜ引退をしてしまったのでしょうか?

 

大きな理由は、『若手の投げる機会を奪いたくないから』だそうです。

 

上原浩治投手は、ここ最近は二軍で活躍をしていましたがそれでも打たれることが多くなっていました。

 

二軍でも抑えられないなら一軍では通用しない。

 

しかし、“上原浩治”という人物の存在感もあって球界では彼を起用する機会が多かったのです。

 

彼自身もそのことには気づいていました。

 

だからこそ、自分が投げる場面が若手に渡ればもっと若手が育つのではないかと考えたのですね。

まとめ

以上が上原浩治投手の経歴や引退の理由でした。

 

レジェンドらしい理由での引退でしたね。

 

誰から見てもまだ投げれる、まだ戦える投手でした。

 

しかし、先日引退を表明したイチロー選手と同様に同世代の上原浩治投手も未来を背負った若手に期待をしているということですね。

 

これほどの実力者が引退を決意した理由となる若手の選手たちはそのことをしっかりと受け止めて、邁進していかなくてはなりませんね。

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